女神の機械槍

モンスターハンター関係の二次創作(イラスト・小説)ブログでしたが、最近はオリジナル小説に傾倒中です。

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「GUNNER'S HEAVEN」#2(8)-8

「(起キロ…。 起キロ! 死ニタイノカ、まるく=らんでぃっつ!)」

冷たい闇の中、その声に導かれ、俺はふと目を覚ます。
潮風と波の音、砂のざりざりした感触。 
ここは、砂浜か? 今の声は、誰だ? そして俺は、何でここに…?

「ぐ…。 ぐえっげほっ、げほっ!」

一息つこうとしたら、途端に呼吸が止まり、俺は砂浜に寝ころんだまま、体を丸めて激しくむせ込んだ。

「げほっ! ごほっぐへっ…げべぇっ…!」

子供の時に患った喘息発作のような、この喉が詰まる感じ…。
多分、肺に水が溜まっている。
込み上がる嘔吐感と共に、「ぐ…えぇぇえっ」と、胃の中の海水を吐き出す。
うつ伏せている俺の顔のまわりに、暖かくも生臭い液体が一杯に広がり、余計気持ち悪くなって、再度吐いた。

「はぁ、はぁ…! げほっ…、はあっ…! ぐふっ…!」

海水を全て吐き出したのに、まだ苦しい。
肺に海水が入っているせいか、とにかくむせる。
喉が詰まって、呼吸が上手くできない。

それに、この凍り付くような寒さがヤバい。
もう、寒いを余裕で通り越して、痛い。
深呼吸して必死に空気を取り込もうとしても、全身の筋肉が凍ったようにこわばり、胸が上下しない。

なんとかして酸素を自分の体に取り込もうと、必死で格闘を繰り返しているうちに、細いながらも呼吸ができるようになってくる。

「すう、はぁ…。 すぅ、はぁ…。 ふぅぅ…」

俺は、マルク=ランディッツ。29歳。
ここは、クェル南岸の、廃れた漁場。
ビアンカと共に、ガノトトスを倒しに来た。
だけど、ガノトトスに攻撃された。
その後は、吹っ飛ばされて海に投げ込まれた。多分。

「俺は、マルク=ランディッツ、29歳。 ここは、クェル南岸の、廃れた漁場…」

もう一度、思った事を口に出してみた。
頭痛が酷いが、口はもつれず、滑らかに発音できた。
一応、意識もちゃんとしてるし、頭は大丈夫だろう。

しかし、良く生きていたもんだ、と安堵し起きあがろうとした途端、全身がそれに逆らうように悲鳴を上げ始めた。

「…ぐ!?」

体を起こそうとした途端、激痛で力が入らず、バランスを崩して転倒する。
今気づいたが、右肩と左足首が特に痛む。
触って確かめたら、右肩は脱臼していた。
左足首も、折れてはいないようだが、筋肉か腱でも痛めたか、動かそうとすると痛みが走る。

もう一度立とうとするものの、力の入らなさは予想以上で、俺はそのまま仰向けに転倒してしまう。

「(何で…?)」

冷たい青空を見上げながら、だが俺は不可解な恐怖に襲われた。

「(これで…。 この状態で、どうやって俺は陸上にはい上がってきたんだ…?)」

俺は、ガノトトスの昏睡毒を喰らい、気絶した。
そして、攻撃で吹っ飛ばされて、海中に投げ込まれた。
右肩と左足の怪我はその時のもの。
本当なら、俺は身動きもできずに溺死していたはずだ。
だのに何故、生きている?

ビアンカが俺を助けてくれたのか…?
一瞬そう思ったが、周囲にビアンカの姿はない。
俺を助けてすぐに戦闘に戻ったのかもと思ったが、そもそも、ニ体同時の戦闘中に、そんな余裕などあるはずがない。

一体何故、と思った時、右腕全体、特にあの小手を装着している部分が、じくじくと痛む事に気がついた。

「…まさか」

この右腕か。

「(起キロ…。 起キロ! 死ニタイノカ、まるく=らんでぃっつ!)」

さっき、朦朧とした意識の中で、俺を呼んだ誰かの声。
俺の脳裏にフラッシュバックする、テネス村での出来事。

ヘルシャフトとかいう巨漢の兵士にボコボコに殴られて、俺は意識を失った。
だが意識を取り戻した時、兵士共は血塗れで倒れていた。

今回も、意識を失った後、気が付けば、俺はこうして生き延びていた。
JJが、テネス村の村長たちに言っていた事が思い出される。

「この鎧は…真の王者だけが、身につけられる品物だ。 そうでない人間だと、触れただけで呪われて、たちまちその身を喰い尽くされる、と聞いている」

…真の、王者。 
…触れただけで呪われる。
…喰い尽くされる。

まさか。
あの時は、随分大仰な事を言うと思ったもんだが、やはり、俺を助けたのは、この小手なのか…?

脳裏に、誰かの悲鳴が重なって聞こえる気がした。
血塗れになって倒れる紅い鎧の兵士たち。

…にわかには、とても信じられない。
だが、あの紅龍騎士団の連中を、次々に殴り倒していったのは、やはり俺なのか。

モノブロスシリーズのように、破片になってもなおその生命力を失わしめず、装着者の危機に感応して力を増幅させる「生きた鎧」を製作するギルドの技術は噂に聞いている。
ならばこれも、モンスターの生命と魂を、鋼の中に封じ込んだ「生きた鎧」…?

「(なら、この鎧の中には、一体何のモンスターが…?)」

だが、俺がそこまで考えた時、その思考は、ひゅーん、という高い鳴き声によって寸断される。

「ビアンカ…!」

そうだ、こうしてる場合じゃねぇ、何してる俺!
ビアンカは多分まだガノトトスと戦っているはず。
彼女を助けなくては!

そう思って立ち上がった瞬間、またもバランスを崩しそうになりふらつくが、今度は右足に力を込め、案山子のように片足で立つ。

海から吹きつける風が、容赦なく俺の体温を奪う。
冷たさで、痛みが容易に麻痺して消えてしまうのが、命を奪われそうで心細かった。

だが、俺は片足ケンケンでバランスを取りながら、今なお彼女が戦っているはずの汐溜まりへと向かう。

闘技場で開催される二頭同時戦闘で、ハンターが生き延びられる確率は、正直、あまりにも低い。
俺がどれだけの間を気絶していたのかは知らないが、この絶望的な状況で、彼女が無傷で生存しているとは、到底思えなかったからだ。

でも、彼女には生きていてほしかった。

ただ、それだけを願いながら。


  *      *


ここで、場面はノーブル城へと戻る。
ゴッドフリートと衝突した後のヴォーデンは、第一応接間にて、クリス王子と出会った。

「王子…」
「どうした、ヴォーデン。 随分と怖い表情だぞ」

この第一応接間は、通常、ロビーとして扱われている。
入退城の際、大抵の人間が通過する玄関口でもあり、そこに王子が居たという事は、ヴォーデンを待っていたのに相違ない。

「王子…。体調は大丈夫でございますか? 会議の際は悪寒が酷かったようでございますが」
「ああ、もう大丈夫だ。 やっと地上に出られたからな」
「…?」

地上に出られた?
何の事かと訝しむヴォーデンの前に、クリス王子は薄笑いを浮かべて歩み寄ってくる。

「それより、何も報償が無くて残念だったな」
「…なぜ、それを」
「この城に戻ってくる時、命の危機に瀕していながらも、胸の中はあれほどの希望に燃えていたからな。 見ているこっちが恥ずかしかったぞ」

ヴォーデンの顔が、恥辱で紅潮する。
だが、鎧を装着すれば、お互いの感情を隠す事は不可能。
それがどんなに、剥き出しの欲望であろうとも。

「…私も、王子がシャルル将軍に、あれほどご執心だとは存じませんでした」
「残念ながら、イルモードはお前の期待してるような上官ではないぞ」

クリス王子は、ヴォーデンの皮肉を受け流し、さらに話を進めた。

「奴の下で働いた所で、奴隷のようにこき使われるだけだ」
「…何を仰りたいのですか」
「良いことを教えてやる」

クリス王子は、こっちに来い、とヴォーデンに手招きしながら、人気のない方向へと向かっていく。

「…お前も、鎧を身につけたなら、あの『共感覚』がどんなものか、身を持って知ったろう?」
「ええ…」

そして、周囲に誰も居ない、と確認できた所で、クリス王子は、ヴォーデンの方を向いて切り出した。

「ヴォーデン…。 取引をしよう」
「何のでございますか」 
「僕の…。 いや、僕だけの手下になれ。 僕の忠実な手ゴマになるんだ。 そうすれば、僕がお前の将来を約束してやる」
「仰っている事の意味が分かりかねますが…。 私は、元々王子の部下でございます」
「…トボケるな。 貴様は僕じゃなく、むしろイルモードの部下だろう? イルモードが僕を亡き者にしようとしている事くらい、僕はちゃんと理解している」
「…。」
「僕は、鎧が揃った暁には、イルモードを排斥して、この国をまっとうに建国し直す。 その時、貴様を重鎮に取り立てる事を約束しよう。 …奴の部下で居続けるのと、どちらが良い?」
「…そんな夢物語にはお付き合いできませぬ。 そもそも、主を簡単に裏切るような部下が重用された例は、過去の歴史をどれほど紐解いても存在しませぬ」

「ははは」

だが、ヴォーデンがそう返事すると、クリス王子は本当におかしそうに笑った。

「それもそうだ…。 ではやはり、小取引から始めよう」
「一体、何を仰りたいので…」
「さっきも言ったろう、取引だ。 市場における信用売買だ」

クリス王子は、ヴォーデンに歩み寄ると、自らの「黒龍の鎧」に触れながら言う。

「マルク=ランディッツの居場所…。 もし、僕が、それを知っているとしたら、どうする?」
「あ…!? まさか、『共感覚』…!?」
「そうだ。 皆は笑っていたが、ゴッドフリートの報告は真実だ。 奴は現在、『海』に居る…。 知りたくないか、その場所」

  *      *


俺が痛む右肩と左足を引きずりながら、戦闘フィールドである汐溜まりにまで戻るにつれ、あの甲高いガノトトスの鳴き声がはっきりと聞こえてきた。
エリアの境界、岩陰から汐溜まりをのぞき込むと、ビアンカは二頭同時というハンデを乗り越えて、今なお戦闘を継続していた。

…パッと見た感じでは、ビアンカに外傷はない。 全くの無傷だ。

「おお…!」

それを確認できた時、思わずそんな感嘆の声が漏れた。
どれだけ気絶していたのか分からないが、短くはないはずの時間を、あれだけ耐え抜く事ができるなんて…。

「マルクーーッ!」

いきなり、そんな事を言われて驚き、俺は何故か、慌てて岩場に身を隠してしまう。

だが今、ビアンカはこっちに背を向けていた。
俺の姿を発見して呼びかけて来た訳じゃない。

「おーーいっ!」
「目を覚ませーーっ!」
「アンタさーんッッ!」

そう、ビアンカは、二頭の攻撃をかいくぐりながら、エリア境界に居る俺ではなく、海へ向かって叫んでいた。
正しくは、俺が投げ込まれた海面へと向かって。

「起きてくれやーーッ! 死んだんか、コラーーッ!」

彼女は、僅かな戦闘の最中、隙を見ては声を掛け、さらにはどうにかして、俺が投げ込まれた海中へ移動しようとする。
だがそれは二頭の連続攻撃に阻まれ、回避に徹するだけで精一杯、救助など余裕めいた行動は不可能だった。

さもありなん、闘技場で数多く見てきたが、大型モンスターを同時に二頭相手にするには、とてつもない回避技術と集中力を要するのだ。

(1)両者を視界に収められる位置取りの確保
(2)攻撃の予備動作をそれぞれ把握
(3)無数にある回避の選択肢から、両者の攻撃を避けられる最適なものを選び出す
(4)再度、両者を視界に収められる立ち位置への移動

…と、非常に質の高く確実な判断を連続して要求される。
このめまぐるしい状況判断の中で
「重なる両者の隙を丁寧に選び取って攻撃する」
のが理想なのだが、それは外から見ているからそんな事が言えるのであって、実際に戦場に立っている場合は、全く簡単には行かない。
二頭が繰り出す凄まじいプレッシャーに押しつぶされそうになり、早くこの地獄から抜け出そうと、安易な隙に攻撃を仕掛けて、逆にあっさり倒されたハンターは、それこそ数え切れないほどに見てきた。
モンスターハンターにとって、二頭同時戦闘というものは、それほどに過酷なものなのだ。
だがビアンカは、そんな巨大なプレッシャーにも耐え抜き、丁寧な立ち回りを続け、僅かに出来た隙には、海の中に沈んだはずの俺に、ひたすら声を掛け続けてくれていた。

「おーーい、マルクーーッ!」
「マルクーーッ!!」

逆に言えば、二頭に囲まれてしまうと、声かけくらいしかできない。 
無理をして救助に向かうなど、自殺行為も同然だ。
なら、やはり俺を救ったのは、この謎めいた小手なのか…?

だが、俺は小手の事などより、眼前のビアンカの姿に感動していた。
太陽は記憶より、さらに西に傾いている。
その少なくない時間を、彼女はじっと堪え忍び、俺に声を掛け続けてくれていたのか。
普通なら、もうとっくに溺死している、と諦めてもおかしくないのに…。

「アンタさーん! マルクーッ!」
「生きてたら、返事してやーーッ!」

行かなくちゃ。
俺が生きている事を伝えるんだ。
それに、彼女を助けないと、いずれ疲労でスタミナが切れる。
あの素晴らしい動きとて、永遠に維持し続けられる訳ではないのだ。

「おーーいッ! マルクーーッ!」

その声に応え、俺は隠れた岩陰から立ち上がろうとする。
だが、俺の身体は、寒さでか恐怖でか、ぶるぶると震えたまま、一向に身動きしようとしなかった。

「(何で…!?)」

何故動けない、と思ったが、仕方ないだろ、という声が同時に聞こえる。

「(右肩が抜けているんだ)」
「(左足もどうかしている)」
「(生きていると知られれば、戦線に復帰しなきゃいけない)」
「(だがこの状態で、戦闘に復帰するのは不可能だ)」
「(片足のままで二頭同時戦闘に飛び込んでも、速攻やられる)」
「(今度もまた、運良く命があるとは限らないんだぞ)」

そんな声がわんわんとなり響き、俺はへなへなと地べたに座り込む。
茫然自失のまま、俺はゆるゆると回復薬グレートの栓を開けて飲んだ。

だが、こんな行為は、全くの無意味だと分かっている。
何せ、一発で体力を全部もっていかれ、気絶させられるのだから。
打撲傷の痛みこそ霧が晴れるように消えていくものの、やはり右肩の脱臼と左足首の痛みは残ったまま。

さっき、海中に落とされた記憶がおぼろげに蘇る。
この小手が、どうやって俺の命を助けてくれたのは分からないが、もう一度同じ事が起こるだろうか。
でも、俺の人生にそんなラッキーが二度続くとは思えない。

「(だけど…)」

俺は再び、岩陰からビアンカの方を覗き見る。
彼女は、専ら回避に専念しており、攻撃をする事は稀だった。

それはそうだろう。
何せ、弓には「タメ」が必要なのだ。
モンスターの装甲を貫くために、矢に十分に「気」を込めるための、その瞬間が。
だが、二頭を同時に相手にしては、その暇が与えられない。
弓は「気をタメる」という性質上、唐突に来たワンチャンスを生かしにくい武器なのだ。
戦闘の最中、隙を見つけては、弓を引き絞ってタメを開始するが、常時ガノトトスのどちらかが彼女を狙うために、体勢を崩され、放つ矢は中途半端な気しか込められない。

…あれでは、ロクなダメージは与えられない。

これが、弓のもう一つの欠点。
弓は、接近戦を挑んでくる相手とは元々相性が悪いが、絶え間なく攻撃を繰り出してくる相手とは、それ以上に相性が悪いのだ。
そう、戦場にて弓兵隊がボウガン隊に相対し、その連射性の差によって悉くが駆逐され、いつしかその姿を消したように…。

このままでは、ビアンカとてジリ貧だ。
いくら攻撃を回避できているといえど、攻撃のチャンスが作れないのでは、彼女がこの状況を単独で乗り切れる可能性も、また無い。
俺がこの状況に割り込まない限り、場面は好転しない。
だから俺が何とかしなきゃならない。

「(でも…この状態で? 戦力にならないってのに?)」

俺は再度、回復薬グレートを飲むが、当たり前の事ながら脱臼した右肩の痛みは去ってくれない。

「(戦力にならないなら…。 いっそ、彼女に全て任せたほうが…)」

バカな。 
どれだけ弱気な事を考えているんだ、俺は!?
ここは、俺が立ち上がって戦闘に参加する、その一択しかないだろうが。

そもそも、ここで決着を付けないと、またガノトトスに逃げられる。
採取や釣りからやり直したら、今度は間違いなく夜になり、クエスト失敗の可能性は飛躍的に高まる。
だからビアンカは今、あれほどまでに粘っているのだ。

…俺の、ために。

「(だけど、俺の右肩は動かない)」

なら、せめてターゲットを取るだけでも良いじゃないか。

「(でも、俺の左足も動かない。 靱帯でも切れてるんじゃないのか)」

俺は左足を揉んで痛みを取ろうとするが、確かに触るだけでも激痛が走る。

「ぐ…」

いや、多分大丈夫だ。
飛ばされた時に、足の関節をどうかしただけだ。

「マルクーッ! 返事してやーーッ!」

彼女が、俺を呼んでいる。
こんな絶望的な状況でも、俺の生存を信じているから。

「…!」

俺は、強引に左足を踏み込んだ。
泣くほどに痛いし、足首から先の感覚がほぼない。
だけど…。それでも動けない訳じゃ、ない。

「(死ぬぞ。 本当に、死ぬぞ)」

「おーい、死んだんかーーッ! アンタさーん!」

生きてる。 俺は生きてるぞ、ビアンカ。

「はぁ、ふぅっ…」

俺は、ドクドクドクと早鐘のように鳴り響く心臓を落ち着かせるため、何度も深呼吸する。

行かなきゃいけないんだ。
行かなきゃ。
行け。
行くんだ。

タゲ取りだけでも良い、俺は行くんだ!

「マルクーーッ!」
「今行く、ビアンカ!」

俺はそう叫んで…。
叫んだわりには、出た声は随分小さかったが…。

「今、行くぞ!」

まず俺は、波打ち際に落ちているチェーンブリッツを取りに行くため、岩陰から飛び出す。
だがその時、予想外の光景が目に飛び込んできた。

ビアンカが、笑ったのだ。

正確に言えば、それまで海を見て、痛々しげな表情をしていたビアンカが、海を見る事を止め、ガノトトスに向き直った途端、ニィッと獰猛な表情を見せて笑った。
まるで、食餌として狩りの獲物を見つけた、肉食獣の王者のように。

多分、ちょうどこの時、ビアンカは「もう無い」と諦めたのだ。
俺の生存の可能性を。

そして俺は同時に知った。
ビアンカが、戦闘の前に見せた、俺を疎むような表情。
あれは真実だった。

だけど、それは俺を嫌っていたからじゃない。
どういう理由でかは分からないが、彼女は、自分の本当の実力を隠す必要があったのだ。
俺の視線があったから、彼女は本来の力を殺して、ごく普通のハンターのように、ヤオザミやガノトトスと対峙せざるを得なかった。

だが今、俺が死んだと確信したからこそ、隠していた力を発揮し始めたに違いない。

何故なら、この獰猛な笑顔を浮かべたのを境にして、彼女の動きが突然早くなったからだ。

何がどう早くなったのかと言われると、上手く説明できないのだが、まるで時間が、彼女の周りだけ早く過ぎているというか、氷の上を滑っているような感じというか…。
とにかく、彼女は見た目、普通に行動しているのに、突如その速度だけが、見違えるように早くなった。

それは錯覚じゃない。
何故なら、彼女を追い立てていたガノトトスの挙動が、ビアンカの速度に付いていけなくなり、明らかに遅れ始めたからだ。

「(…何だ、アレは!?)」

まるで双剣使いの、鬼人化の如き変化。
戦わなくちゃという義務感は、未だ俺の中にあったが、こんな時にも湧く好奇心と、ビアンカに任せた方が、という弱気に引っ張られて、足が前に出ない。

「(でも、多少速度が早くなったくらいじゃ…)」

確かに、ビアンカの移動速度がやや早くなった事で、多少余裕を持った立ち回りができるようにはなっている。
だが、それで決定的な反撃の機会が作れている訳じゃない。
やはり、弓の「タメ」を作る時間をなんとかして確保しなくては、反撃する事は不可能なのだ。

「(俺が、加勢に入るしかないだろ…)」

弱気になるな。
俺が戦うしか、ないんだぞ…!

弱気と好奇心を振り払い、俺は足を前に進めようとする。

「(…弓はタメが必要な武器。 俺がいなくちゃ、その瞬間が確保できないんだぞ!)」

俺はそう自分を叱咤し、再び岩陰から飛び出ようとする。
だがここで、ビアンカはまたも予想外の光景を、俺に見せつけた。

「…爺ちゃん、堪忍な」

そんな囁き声が、風に乗って俺の耳に届く。
ビアンカが矢筒から矢を抜き取り…。

「…禁則、破んで」

矢を、弓につがえた。

「(いや、そんな無理攻めしたって、意味ねぇだろ…!)」

二頭同時の戦闘では、相手の隙が重なる際にしか攻撃を仕掛けられない。
事実、ビアンカは金冠ガノトトスの攻撃は避けていたものの、弓を構えようと高く掲げた際、もう一方のガノトトスが高圧水ブレスをビアンカに向けて放ってくる。
それを、弓をつがえたまま、ヒラリと回避するビアンカ。

「(ほら、これだ…)」

あんな大仰な回避動作をしたんじゃ、体勢は崩れ「射法八節」はおろか、矢に込めた「気」だって散り散りになっている。
また最初から、体勢を整えて、弓を構え直す所からスタートだ。

「(…え!?)」

だが、ビアンカがガノトトスの攻撃を回避し終えたその時、既に弓の「タメ」は完成していた。

「(…何故!?)」

ビアンカの全身を輝かせるほどに、凛烈と漲る「気」は、間違いなく弓のタメが完成している事を示している。

「(だけど、いつタメた? さっきの攻防に、タメる瞬間など、あったか…?)」

俺のその問いに答えるように、再びビアンカの声が、風に乗って囁くように聞こえてきた。
ギリギリギリと固く引き絞られた弓は、発射の直前。

「…笹神流、弓体術」

それは抑えた、だが明らかに興奮で高揚した声。

「…奥義!」

その声と共に、十分に気を込めた矢が、まるで投槍のように、唸りを上げてビアンカの弓から放たれた。

「『…千龍布、溜短縮!(せるふ・ためたんしゅく!)』」

<続く>
スポンサーサイト

*Comment

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • posted by  
  •  
  • 2013.02/04 02:51分 
  • [Edit]

NoTitle 

セルフ溜め短縮までの流れが超かっこいいです!鳥肌もの!!
続きがすごく楽しみです!
  • posted by PECO 
  • URL 
  • 2013.02/04 04:16分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

> 予想はしてましたが…せるふためたんしゅくワロタwwwそしてボロボロになりながらも戦闘に参加しようとするマルクカッコいい!続きが楽しみです。

いやぁ、お返事が遅くなってスイマセン!
時間がないのが悪いんです! ライダーを視聴してるからじゃないよ!
俺にチケットがあれば時間を超える事ができるのに…!(何の話


さて、かなりの拍手を頂いた例の「千龍布溜短縮」の回ですが、あれこそが是非とも書きたいシーンの一つでありました。 そこに感想を頂けて、書いた甲斐があったと、非常に嬉しく思いましたよ!

笹神龍心のモデルは、名無しのJさんもご存じと思いますが、あの方とくれば「セルフ溜め短縮」の記事が有名でしたので、シリアスストーリーとしても、ネタとしても「セルフ~」は、是非とも盛り込みたかった要素なのであります。

マルクはですねぇ、格好良くなるかどうかは…。 まだまだ未知数、と言った所ですかね…。

これから先も長くなりますし、当初言ってた「2年で連載終了させる」ってのもとっくに過ぎちゃいましたけど、まぁ…。 気長にお待ち下さいませ…。
  • posted by 丼$魔 
  • URL 
  • 2013.03/25 21:58分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

> セルフ溜め短縮までの流れが超かっこいいです!鳥肌もの!!
> 続きがすごく楽しみです!

お褒め頂いてありがとうございます! 
あのシーンは勢いも多少あったりしますが、基本的に何度も構想を繰り返した部分なので、評価頂けて素直にうれしいですよ!
お返事が大変遅くなりましたが、その後の展開はいかがだったでしょうか?
  • posted by 丼$魔 
  • URL 
  • 2013.03/25 22:01分 
  • [Edit]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

丼$魔

Author:丼$魔
モンスターハンターをこよなく愛する熱・血・猿。

しかしどういう経緯を辿ったか、最近はオリジナル小説を更新中。

最近の記事

月別アーカイブ

FC2カウンター

右サイドメニュー

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。