女神の機械槍

モンスターハンター関係の二次創作(イラスト・小説)ブログでしたが、最近はオリジナル小説に傾倒中です。

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「GUNNER'S HEAVEN」#2(5)-2

ここで、場面は変わる。
クリス王子が、死の絶望に慟哭してから1時間後…。
時刻にして朝の5時。
場所は、エイグリル将軍が囚われている尖塔の牢獄。

「お~寒、ここはいつもながら冷えるよな…」
「だよなぁ、温かい酒くらい支給してくれても良いのによぉ、手がかじかんで仕方ねぇぜ」
「違えねぇ、ハハハ」

看守二人は、雑談をしながら交代を待つ。
時折、彼らは牢屋に視線を寄越しつつ、そこに居る人物に変化がないかを確認する。
牢の奥に仰臥しているその人物こそ、重犯罪者にしてこの国の元大将軍、「黒鳥騎士団団長」「獅子将軍」「焼鉄の黒翼」という数々の異名を持つ男「エイグリル=ローグ」。
だが、度重なる拷問と栄養失調により、その壮年の勇者は、もはや老人の如き姿へと変貌していた。



「かの偉大なる黒将軍もよぉ、こんな寒さじゃ身動きする気にもなれねぇんじゃねーかな」
「だよな、どうせ変化とかある訳ねぇんだし、さっさと交代してくれよ…。 早く暖かい布団に入ってぬくもりたいぜ」
「それに女と酒があれば最高だがな」
「全くだぜ…。 久しぶりに、酒場に繰り出して、女と遊びてぇなぁ…。 おい、お前、最高の女の条件って、何か知ってるか?」
「最高の女? 恋愛でか? 結婚でか?」
「遊びの時に決まってるだろうが。 あのな、一緒に寝る時に、最高の女ってのはな」

「黙れ」
「…何だよお前、これからって時に」
「いいから、ちょっと黙ってろ」
「何だよ」
「誰か、来てる」

二人とも、瞬く間に緊張感を取り戻し、周囲に耳をそばだてると、確かに下の螺旋階段から、誰かが石段を登ってきている音がする。 しかし、誰が?
階下から姿を表した人影を見て、二人は絶句した。

「…く、クリス王子…?」
「王子、こんな時間に、何をしてらっしゃるのです…?」

二人の目の前に現れたのは、間違いなくクリス王子。
しかし、その表情はいつもに増して生気がなく、そのたたずまいは、まるで幽鬼の如くであった。

「…エイグリルに、…話があって、…来た」

「いけません、ここは王族の方が来られるような場所ではございませぬ!」
「そうです! こやつめは、ユリウス王子を擁立しようとしていた犯罪者でございます! こんな逆賊に、今更何の話が!?」
「…やかましい、どけ」

だが、クリス王子は、看守二人の忠告には耳を貸す様子は全くなく、それどころか敵意を含む、禍々しい瘴気を全身から立ち上らせ始めた。
特に、濁りきった表情と死んだ魚の如き視線は、普通の精神状態ではないのを如実に示している。
刃向かうだけ無駄と悟った看守二人は、これ以上何か言うこともなく、王子の言うとおりに道を開けた。

「…貴様等は、席を外していろ。 …エイグリルと、二人で話が、したい。 …鍵を寄越せ」
「そ、それは、できませぬ…」
「…死にたいのか?」
「か、鍵をお渡ししたとしても、もし万一エイグリル将軍に逃げられたら、看守の我々は、イルモード宰相から殺されてしまいます…。 どちらにしても、我々に死を賜ると言うのなら、せめて責務を全うしたという、誇りある死を…!」

クリス王子は、淀んだ目で少し逡巡してから、返答した。

「…なら、貴様らが牢に入って、エイグリルを柵まで寄せろ。 …それなら構わんだろう」

看守は二人して目を見合わせると、素早く牢内に入り、エイグリルの肢体を担いで柵の際まで寄せる。
そして、また鍵を掛けて、すみやかに階下へと消えた。

「エイグリル…」

こうして見れば、あれほど神々しく、雄々しかった英雄は、本当に枯れ枝のような、みすぼらしい姿へと変貌していた。
伸び放題に生えた髪と髭、拷問による癒えぬ生傷と、乾いてガサガサにささくれた肌。

積年の思いこそあったが、今のエイグリルの無様な姿を見て、多少溜飲が下がった気がした。
むしろ、非情な運命を共にする者同士として、遙か昔に抱いていた、敬愛の気持ちすら蘇り始めていた。

「…僕が分かるか、エイグリル」

その言葉を聞くと、エイグリル将軍は、ゆっくりと顔をこちらに向ける。

「あぁー…」

どれだけ水分を与えられてなかったのか、口腔がカラカラに乾ききっている。
これでは喋るのもままならないだろう。
万一をと思って持ってきた、水と秘薬が役に立った。

「…エイグリル、顔をもっとこちらに寄せろ、水だ」

皮袋の栓を開けて、柵の先に飲み口を突っ込む。
エイグリルは、王子の思惑を計りかねていた様子であったが、やがて皮袋に口を付け、ゆっくりと含むように水を飲み始めた。

「…秘薬も飲むといい」

ある程度、エイグリルが水を飲んだのを見計らって、皮袋の中に秘薬を入れ、残った水と混ぜ合わせて飲ませてやる。

イルモードが下したエイグリル将軍の処分は、結局のところ「保留」だった。
黒龍の鎧の秘密を知るかもしれない重要な存在だが、どんな拷問にも屈せず、死んでも構わんという態度を貫き、事実何も喋らないのでは意味がない。
扱いに困り果てた結果、イルモードは、エイグリルをウィル、カッツェ、シャルル達が攻めて来た時の「人質」として、生かさず殺さずの状態で放置する事としたのだ。

秘薬を飲み終わったエイグリルは、一息つくと、首しか動かせなかったのに、上半身をゆっくりと起こそうとしていた。
エイグリルが何をしようとしているのか、すぐに気づいた王子は、慌ててそれを制止する。

「…臣下の礼を取る必要はない。 寝たままの体勢で良いから、聞いてくれ」

だが、エイグリルは遂に体を起こしきると、片膝をついて頭を下げ、臣下の礼を取った。

「ありがとうございます、クリス王子…。 おかげで、文字通り、私は生き返りました」

そう言って、エイグリルは顔を上げる。
ささやかながらも力を取り戻した表情は、かつての自信に溢れる姿を思い起こさせた。
だが、クリス王子は、こちらを向くエイグリルの眼を見て、思わず動揺する。

「…お前、その眼は」

エイグリルの左眼は真っ白に、右眼は緑がかった灰色に染まっていた。
以前から眼が悪い事は知っていたが、それは左眼だけで、右眼は比較的まともだったはず…。

「元々、進行性だったのです。 王子が気に病む必要はありませぬ」

だが、この拘束と拷問が、病状を一気に進めたのは間違いない。
自分たちがしでかした事でありながら、その結末を見て動揺するクリス王子。
エイグリルはそんな王子の様子を敏感に察知すると、事前に反論を封じ、話を逸らした。

「…して、何の御用でしょうか。 わざわざ、イルモードに見つかる危険を犯しても、私に逢いに来るとは、ただ事ではなさそうですが…」

その言葉を聞いて、王子は思いだしたように、俯いて言う。

「…助けてくれ」
「…?」
「助けてくれ、エイグリル…。 もう、この城の中で、味方と呼べる人間は、もう誰もいないんだ…。 このままだと、僕はもう、あと何日生きていられるかどうか…」

その姿を見て、エイグリルは内心で小さく嘆息する。
想像していた通り、この若き王は、やはり臣下にその座を追い落とされようとしている。
今まで自分が、誰にどれだけの事をしてきたかも忘れている。
「溺れる者は藁をも掴む」とは良く言ったもので、本来なら敵対した一派の長に、助けを求めるなどありえない。
エイグリルがクリス王子の立場であれば、孤立しようと最後まで我を通し続け、例え刺し違える事になろうとも、敵とみなした男の喉笛だけは必ずや喰いちぎる。
それが男として、最低限踏みとどまるべき意地ではなかろうか。

「僕は…。 僕は、死にたくないんだ…!」

その自己中心的な厚顔ぶりは、まさに王族のそれであったが、元々エイグリルは、この国にやってきた際に、王族のためにこの命を捧げ尽くすと決めている。
クリス王子が、敵意を示していた自分にここまで内心を吐露し、わざわざ体力を回復させてまで、なりふり構わず助けを求めに来るとは、もう本当に追いつめられているのだ。

「…何が、あったのですか? 小声でお話し下さい」

ただ、さっき階下に降りた二人は、おそらくはすぐ傍で、自分達の会話に聞き耳を立てているはず。
内容によっては、王子も自分も、イルモードのさらなる追求を受ける可能性がある。
それをクリス王子も理解したのだろう、エイグリルだけに聞こえる程度の小声で、シャルルとの戦闘と、昨日からの悪夢に対する自分の考えを語り始めた。

鎧は、装着者同士で感覚や感情を共有すること。
それ故に、夢という形でイルモードの人体実験を知り得たこと。
既に料理長達は買収されており、食事に毒が混ぜられているであろうこと。
そして、これが事実なのなら、自分は近く、黒龍の鎧を剥がされて殺されるのではないかということ。

「どうだ…、エイグリル。 イルモードは、どういうつもりなのか、お前に想像がつくか? 黒龍の鎧の秘密が分かり次第、奴は僕を殺す気なのか?」

一瞬、エイグリルは逡巡した。
自分が牢に囚われている間、予想以上に事態が早く進行していたという驚愕もだが、自分達が小声で喋っているせいか、看守二人の気配が、さっきより近くに来ている。

ここから先は、うかつな事を喋れない。
看守に何を聞かれても良いよう、イルモード側が絶対的に有利だと思いこませなくてはいけない。
しかし、この尖塔に単身やってきた王子の暴挙が、次に成功する確率は限りなく低い。

となれば、イルモード側が絶対有利であるように話を進めつつ、看守に分からないように、王子側の有利な点を全て伝えきらなければならない。
そんな矛盾した会話が果たして可能なのかと考えたが、不自然な間を作らないよう、先の王子の問いに対して返事をする。

「…ええ、イルモードは、おそらく貴方を近く亡き物にしようとしています」

状況を聞く限り、王子を廃嫡する動きは城内で周知の事実となっている。
食事に毒を混ぜた時点で、もう叛意は確定だろう。
イルモード本人がこの場に居れば「今更そんな事に気づいたのか?」とでも言いそうな所だ。
だが、それを改めて聞かされたクリス王子は、泣きそうな声で返事してきた。

「そうか…。 やはり、そうか…」

「どうすればいいんだ、エイグリル? どうやって、奴に対抗すればいい? 僕は、城の外で一人生きていくなんて、できやしない…」

「教えてくれ、エイグリル…! この鎧には、イルモードも知らない、何かの秘密があるんじゃないのか? そもそも、『黒龍の神官』とは何なんだ!? 何故、あんなに多数の人間が、この鎧の力を発揮できるんだ!?」

遂に来たこの質問。
今まで、自分と王子が生き長らえていたのは、黒龍の鎧の「未知の力」をイルモードが欲し、かつ警戒していたからだ。
だが、鎧の真の秘密をイルモードが知れば、奴は自分たちをもう警戒しなくなる。
以後の対応は、より迅速苛烈なものになるだろう。
だが、今のこの王子に対して、嘘を付く事は許されない。

自分達の話を盗み聴きしているはずの、看守の存在を王子は果たして認識しているのだろうか。
目が見えない自分にとっては、その確認ができないのがなんとも心細い。

しかし、王子は多少なりとも、頭の回転や機転については、それなりに見るべき所もあった。
そこに賭けよう。
そう思ったエイグリルは、相槌を打つ際に、「YES」なら首を縦に振りながら話をし、「NO」なら、首を横に振りながら話す事にした。

多分、看守たちからは自分達の動作までは見えないはず。
この違和感のある話し方なら、王子には自分の意図が伝わる…はずだ。

エイグリルは、大きくうなずくと、話を始める。

「改めてご説明いたしますと、その鎧はかの有名な戦争『シュレイドの戦役』にて討ち果たされた黒龍を素材にして作られた鎧で、その大きな特徴としては、今なお破片となっても『生きている』のでございます。 装着者の血液を糧にする代わり、宿主を護るべく異形の力を発揮する…のはもう経験済みでいらっしゃいますな」

「…ああ」

エイグリルは、首を小さく振って話す。

「そして、鎧には相性があるのでございます。 つまり、血の味による好き嫌いがあるのです」
「血の好き嫌い、だと? 本当か、その話?」

エイグリルは首を振る。

「本当です」

黒龍の鎧に相性があるのは本当だが、それはもっと別な理由に依る。
王子も「血の味によって鎧との相性は決まる」と聞いて、その言質を疑っているようだが、首を振りながら「本当です」と言った反応を見てどう思ったろうか。
鎧を身につける以前の、冷静で聡明な王子であれば、もうここでこの会話のルールに気づいていてもおかしくはないのだが…。

エイグリルはうなずく。

「鎧は『棘』を装着者の体内に突き刺す事で、効率的な栄養補給を行います。 ご存じとは思いますが、王子の鎧が脱げないのは、棘によって鎧と王子の体が一体化しているから…。 そうですよね」
「ああ、その通りだ。 これは鎧だが、既に僕の体の一部だ」
「ですが、相性の悪い者に対して、鎧は興味を示しません。 栄養補給の棘を奥深くまで刺さないので、鎧と体の固定がなされず、脱着が可能なのです」

王子は、大きく長いため息をついた。
エイグリルには表情は確認できない。

「つまり、鎧との相性に比例して、得られる力は大きくなる代わりに、鎧も脱げにくくなる…そういう事だな」
「そういう事でございます」
「じゃあ、『黒龍の神官』とは何なのだ!? シャルルや他の連中のように、適性がなくてもあれだけの力を発揮できるというのであれば、『神官』の存在理由などないではないか!」

エイグリルはうなずく。

「いえ、確かに鎧の力を得られる者は少なからず居りますが、元々鎧から愛される存在自体が希でございます。 王子ほどに、鎧から好まれる者を探そうとすれば、それはもう、砂漠にて宝石の欠片を探し出すがごとくです」

だが、この発言に王子は激昂した様子であった。

「嘘をつくな、エイグリルッ! 次から次へと、連中は『当たり』を引き当てているぞ!」

それはそうであろう。
確かに、夢の中で王子は、他の人間が続々と適性を示しているのを見ている。 エイグリルの発言が信じられないのも無理はない。

…しかし、上手いものだ。
相手を否定するように怒る事に加え、「連中」「当たり」という曖昧な表現を使えば、看守には自分達の会話の意図は伝わりにくくなる。
きっと、王子は自分の意図を理解していると信じて、エイグリルはうなずきつつ、さらに弁を続ける。

「いえ、私の言った事は嘘ではございません。 連中が何をしているか、なぜそんなに当たりを引き当てているのか、おおよそ見当は付きますが…」

エイグリルはうなずきつつ答える。

「先王に聞かされた、鎧が好ましく思う者は、せいぜい20人に1人、と言ったところではないでしょうか…。 力を得られる者はごく希、まして王子の域までに恩恵を得られる者は、100人…いや、1000人に一人居るか居ないか、と思われます」

「なんだと…」

王子の驚愕した声。

「では、やはり黒龍の神官とは、絶対無二の存在では、ないのだな…」
「…畏れながら、その通りにございます」
「無作為に1000人くらい探せば、平民であっても、王族と同等の素質を持った人間が、居るという事か」
「仰るとおりでございます。 …ですが、1000人からを探し出す、という自体、並大抵の行為ではございません。 と言いますのも…」

エイグリルは、うなずきつつ、鎧の来歴を王子に語る。

太祖レニチェリアの時代、この鎧の所有権を求めて、血で血を洗う戦いが勃発した事があった。
だが、この鎧を装着した者は、鎧の支配に耐えられず、例外なく餓死するか狂死した。
その中で、餓死する事なく、かつ狂死する事なく、黒龍の鎧の力を抑え込み続けたのが「暴君」「鉄槍公」「大龍公」など、様々な悪罵で呼ばれた、太祖レニチェリアその人だった。
単純な話、彼以外に鎧の力を制御できる者は居なかった。
故に彼は「黒龍の神官」としてこの地の王に君臨するに至ったのだ。

この逸話には、「鎧の真の力」におけるヒントも込められている。
王子は、この話を聞いて、どう思ったろうか。

「…そのような話、信じられぬ」
「何故でございます?」
「この鎧を軍事目的で使用するなら、シャルルのように、鎧を脱げた方が絶対有利だからだ。いくら太祖とはいえ、鎧の力に脅かされたまま、永く生き続けられるとは信じがたい」
「ですが、鎧の脱着が可能な者たちは、十分な鎧の恩恵を得る事はかないません。 シャルルが貴方と互角の力を示したのは、彼女の鍛錬の結果が上乗せされてゆえ、でございます」

しばらく、間があった。
クリス王子は、多分、シャルルの超人的強さを思い出しているのだろう。
例え不本意であれ、この説明を自分なりに噛み砕いて納得しているはずだ。

「…だが、あるのだろう?」

「何がでございます?」

エイグリルは、唐突な質問にそう聞き返す。

「お前の言う、『十分な恩恵』…。 我々が、『神官』と呼ばれるだけの理由が。 父は、この鎧が、地獄から『黒龍ミラボレアス』を召還するための祭器だと言っていた…。 そして、それが可能なのは、神官だけだと…。 それは、事実なのか?」

その噂については、すでに先王より事実を聞かされている。
エイグリルは、大きく息をつくと、うなずきつつ答えた。

「方便でございます」
「な…!?」
「先王自身、それは対外交渉を優位にするための示威的行動だと仰っていました」
「バ、バカな…! 黒龍の召還が、ハッタリだと!? じゃ、じゃあ、『竜操術』は、どうなのだ…!? お前自身は、それを聞かされていないのか?」
「残念ですが、そのような伝説を、先王の口からお聞きした事はありません」
「じゃあ、神官が鎧を身につける利点は、本当に何もないのか…!? それでは、ただの生け贄ではないか! 我々が特別である理由とは、何なのだ…!?」

…ここだ。
先王から聞かされた、黒龍の神官の唯一の利点と、その存在意義を伝える箇所。
奇しくも、王子は今さっき、かなり的確な表現をしたのが、皮肉と言えば皮肉だった。

エイグリルは、小さく首を振りながら答える。

「はい、残念ながら、何もございませぬ…。 黒龍の神官とて、鎧を身につければ、最後は鎧に喰われて死ぬのみでございます」
「何だと! そんなバカなッ! 嘘だろう!? 神官の存在意義が、何もないなんて! …鎧に喰われる? そんな、バカな!」

エイグリルは、今度も首を振りながら続ける。

「嘘ではございませぬ、それは王子とて、例外ではございません…。 餓死を免れたとて、待ち受けるのは狂い死に、でございます」
「バカなッ! バカなぁッ! 神官の僕が、鎧に喰われるなんて…! そうだ、血は? 『古龍の血』を使えば平気なのだろう!?」
「『古龍の血』を使っても無理でございます」
「そんな…。 おおぉぉおっ…」

先王から聞かされてきた「黒龍の神官」の特別性。
太祖の逸話でも多少語られてはいるが、それは「鎧の支配に対して耐性がある」事だ。
実際、先王に仕えてきた自分には分かる。
鎧の支配に耐える力があるという事は、王子が想像する以上に得難い資質なのだ。

そしてここまで、王子のリアクションは理想的だった。
もしも王子が、自分の意図を確実に汲んでいるのであれば、自らの絶対的不利を上手く演出している。
ただ、王子の演技は迫真に迫り過ぎて、目が見えないエイグリルには、真贋の判別が困難だった。
…まるで、本当に気づいていないのでは? と錯覚させるほどに。

自分の発言が、王子をさらなる絶望へと追い立てているかもしれないと思ったが、その時は講師を担当していた自分の責任でもある。
王子が死ねば、ともに自分も死のう。
そう覚悟を決めたエイグリルは、さらに首を振って続けた。

「残念ながら、王子には、優位な点は一つもございませぬ」

王子にも、有利な点はいくつかある。
先王が苦笑混じりに語ってくれた、この鎧の特徴を伝えたい。
だが、看守が聞き耳を立てている今、それは叶わない。
その代わりに、エイグリルはうなずきつつ、鎧の秘密を発見するためのアドバイスをする。

「耐えるのです、王子…。 日々を自制し、堪え忍び、自分を見つめ直せば、きっと軍神がお救い下さるに違いありません」

だが、それに対する王子の返事は

「くだらぬ…。 耐える事にどんな意味がある、エイグリル! 自分が耐えれば、他人をつけ上がらせるのみよ! しかも、貴様とあろうものが神頼みか!? 何かが掴めると思って、ここに来てみたが、やはり全くの無駄骨だったわ!」

だった。
この激怒ぶりは、果たして演技なのか、素なのか。
その迷いが、エイグリルに余計な一言を喋らせる。

「いえ…。 忍耐は、美徳でございます。 苦しみに悶え、悲しみに泣き続けるたび、人の魂は強靱に磨かれていきます」
「黙れ! 今さら貴様の説教など、聞きたくもない!」
「そうすれば、貴方の刃は、イルモードに確かに届く事でございましょう」
「!?」
「イルモードは、貴方の底知れぬ力を恐れております。 その秘めたる力が目覚める前に、自らその芽を潰してはなりません」
「秘めたる力? それは、この鎧の事か?」
「いえ、クリス王子…貴方ご自身の力です。 鎧ではなく、貴方こそを、イルモードは最も恐れているのです。 ご自分を信じて下さい。 きっと軍神のご加護は届きます」

だが、エイグリルの耳に届いたのは、クリス王子の失笑だった。

「まさか、この後に及んで、世辞に走るとは思わなかったぞ、エイグリル…。 本当に見た目どおり老いぼれたか? もう良い、貴様から聞き出す事は、もう何もない」

急に立ち上がり、遠ざかる足音。
クリス王子はエイグリルに見切りをつけ、もう去ろうとしている。

「…お待ち下さい! …それでも私は、王子の味方でございます!」

「いつかきっと、この誤解が溶け、お互い理解し会える日が来ると信じております!」

王子が去る間際に、エイグリルが発した叫び。
しばらく、王子の足音はその場に留まっていた…が、結局は何も言わずに、王子は静かにその場を立ち去った。

「…!」

王子は、自分の言いたい事を、本当に理解してくれたのだろうか。
目が完全に見えない今、王子の感情を伺い知るのは不可能だった。


王子が去った独房は、恐ろしいまでの静寂に包まれる。
森の動物たちの鳴き声も、この尖塔までは届かない。

その時ふとエイグリルは「自分はなぜ、王子の表情を声の抑揚だけで理解できなかったのか」という疑問を抱いた。
そして、その疑問に対する答えも。

全盲ゆえの、もはや認識する事すら忘れつつある真の闇。
それに包まれながら、エイグリルは、ポツリとひとりごちる。

「…なるほど、目が見えずとも自分は戦える…と思っていたが、そうではなくて…」

「いざこうして見えなくなれば…。 知らず多くの物を失っていて…」

「いや、これから失うのかもしれないな…」

エイグリルの濁りきった両眼から、透明な雫がこぼれ落ちる。

「クリス王子、ユリウス王子…。 我が愛すべき部下たちよ…。 そして我が親友たちよ…。 君らの、正しい姿を見ていなかった事が…」

「そして、これからの姿を見る事が叶わぬ事が…」


「ただひたすらに、口惜しい…」

<続く>

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丼$魔

Author:丼$魔
モンスターハンターをこよなく愛する熱・血・猿。

しかしどういう経緯を辿ったか、最近はオリジナル小説を更新中。

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