fc2ブログ

女神の機械槍

モンスターハンター関係の二次創作(イラスト・小説)ブログでしたが、最近はオリジナル小説に傾倒中です。

Entries

「GUNNER'S HEAVEN」#1(6)-13


JJは、ドドブランゴが眠る穴ぐらの中を指さしながら、俺に対して糾弾の言葉を浴びせかけてきた。

「これは…。 …何だ、これはッ!! お前ッッ!!」

ああ、やっぱ怒りやがったな…。

JJの怒る様子を見て、俺は内心落胆しつつ、でも意外なほど冷静にそう思った。
モンスターとの一対一、正々堂々の戦闘を好むこいつは、俺みたいな姑息な戦い方はお気に召さないだろう…とは、途中で薄々察しはじめていた所だ。

…分かるよ。
お前もどうせ、他のプロハン連中みたいに「罠を使う奴は軟弱」とか言いてぇんだろ? 「高台を使う奴は卑怯」なんだろ?
顔にそう書いてあるぜ。

そう、不遇な事に、何故か俺は、いつも誰かとトラブルになる。
こんな口論、日常茶飯事だ。 
そして俺は、いつも責められるんだ。

捨て鉢な気分になったと同時に、JJと激突する事になるかもしれないという怯えは去って、随分冷静になれた。

「何って、ドドブランゴの死骸がニ体…いや、幼体含めて計八体あっただけだろ。 俺が七体で、お前が一体。 違うか?」

俺がわざと的を外した返答をしたら、案の定キレた。

「そんな事を聞いてるんじゃあないッ! このクエスト…『雪山の大家族』だったんだな!? 爆弾を使ったのか? 子供を殺すことは禁じられているのに、何故殺したッ!?」

こいつ、「雪山の大家族」を知ってる…?
若い癖に、古参の狩人なのか?

だがそんな事はどうでもよく、こんな無意味な非難でキレられた俺は、JJの態度に異様にイラつき、半ば確信犯的に逆ギレした。

「…これは、別にギルドが斡旋したクエストじゃねぇだろ!? 密猟は許可されていた。 それに、子供っつっても、人間の子供じゃあるめぇし、そもそも害獣駆除のどこが悪いってんだよ!」
「…何だと!」

JJは顔まで真っ赤にして、こっちを睨み付けてくる。

だが、奴の言う主張は分かる。
冷めている半分の頭では、奴の言ってる事も正しいと理解できる。
狩猟資源を守るためにも、倫理的にも子供を殺してはならない…そういう意味だろう。

だが、俺の都合の方が優先に決まってる。
何故なら、これは命を無造作に奪って非難される場面じゃなく、効率的な狩りを遂行したと賞賛されても良い場所だからだ。
子供が可哀想とか、そんな青臭い感情に裏打ちされた怒りなんて、つき合う理由はこれっぽっちもねぇ!

戦闘技術では確かに負けるが、俺はこれでも、口先三寸で世間を凌いできた。
こんな小僧とは、人生の年期が全然違う。
この場は、適当に言いくるめて旨く納めるのが最上だ。

内心は半分、本当にムカついているが、それは表面だけにして、とにかく冷静でいろ。
冷静な頭で、隙の無い論理を構築するんだ。

「で、何でキレてんだよ、お前? 俺が何か、そんなマズい事でもしたのか?」
「お前の戦い方だ! 閃光玉で拘束したり、寝ている時に爆弾を使うとか…。 卑怯にも程がある! お前の戦い方には、全く、誇りも美学も、何も感じられない!」

俺はふーっと、ため息を吐き、相手をさもバカにしたようなポーズを取る。
この僅かな間に、相手に対する反論を組み立てる。

「誇り? 美学? なんだそれ。そんなもん、ランポスにでも食わせてろよ」
「なんだと!?」
「お前…。 狩人のくせに、貴族か何かのつもりか? いいか、これは狩猟だぞ!? お前等二人の戦いに、俺が味噌つけた所で、非難されるいわれはねえぜ! 何故ならこれは、本来、『決闘』じゃなくて『狩り』なんだからな!」
「な…」
「そもそも、人の戦い方にケチつけんな! ああ、お前が言ってた『戦闘スタイルが違う』のは、全くお前の言う通りだったよ! それは俺の見込み違いだった! 悪かった!」

絶句するJJ。

「だがな、お前がその亡骸の有様を…。 罠や資材を使う、俺の戦い方を否定するっつーんなら、お前も『決闘』なんてもんを持ち出した事を、俺に否定されてもしょうがねぇよな!? 違うか!?」
「…!」

一瞬、JJが困惑した様子を見せる。
もしかすると、自分と違う価値観をぶつけられ、何を言われたのか、すぐには理解できなかったかもしれない。
念のために、かみ砕いた表現を追加した。

「通常、ギルドで言うところの『狩り』は、複数が前提になってるはずだ! 誰とて、狩人生活の中で、パーティ戦での戦い方を意識しないはずはねぇぜ! それが一般的な認識…いわゆる常識だ!」

異論を挟ませないように、一気にまくしたてる。

「俺のように罠や資材を使う連中は他にも要る! だけど、仲間にも頼らない、罠も使わない単独狩猟を好む奴は、むしろ少数…。 いや、お前の言う決闘にそこまで固執する奴は、殆ど居ねぇよ! 分かるか? …お前は、異常なんだよ!」

…少し、言い過ぎたか。

JJの体は、怒りで小刻みに震えていた。

やべ、ここ雪山だ。
あの銃口がこっち向いたら、俺、生きて帰れないじゃねーか。

「悪い、ちと、言い過ぎた。 俺もアツくなってた。 スマン、異常は取り消す。 …だけど、ソロ専は、あまり一般的じゃないだろ…って具合に認識してくれ」

「…そうかもしれないな」
「だろう? 俺たちの一番の目的は、きちんと命じられたクエストをこなす事、その次が狩猟を楽しむ事…だろ? 皆の空気を読まなきゃ、周りの連中に迷惑ってもんだ」

俺は滔々と、パーティ戦の心得をJJに諭す。
…まぁ、元々こいつはソロでクエストを承けるつもりだった。
それを無理にパーティにしたのは俺だから、この説教は筋違いっちゃ筋違いだが…。

だが、JJの奴は、まだ何か言いたそうにしていた。
必死に思考を…。
自分の考えをまとめている風だった。

「なんだよ、まだ言いたい事があるのかよ」
「ある。 きちんとした言葉になってないが…」

JJは視線をさまよわせつつ、だが確かな口調で言う。

「僕の中にも、正しいと思えている事がある」
「何だよ」
「僕の、ソロに対する拘り、だ」

正しいと思えている事が…ソロに拘る事?
意味わかんねぇ。

「それを俺が聞いて、納得できると思うか?」
「…それは分からない。 だけど、僕が考えて積み上げてきたもの…その根底にあるものは、どちらか言えば、一般的な感情のはずだ」
「お前のそれがか?」
「そうだ。 それを知られないまま、誤解され、罵倒されるのだけは許せない」

相変わらず言葉尻がキツい奴だな。
まぁ、俺も人の事言えないけど。

そして言った。

「…まとまった」
「そうかよ」

「やはり、僕の考え方の方が正しい」

「…あ?」
「いや、お前に通じるかどうかは分からない。 だが、聞けばある程度は理解してもらえるはずだ。 僕の意見にも、きちんとした道理がある事を」

一体、何を言い出す気だ、コイツ。
多少憮然としながら、俺はJJの意見を聴くべく、先を促したが…。

「…お前は、自分が何者かを、考えた事があるか?」

はぁ?

「何だ? 自分が何者か…って、哲学か禅問答か?」

そう言われると、JJの奴は、それで俺との認識の相違に気づいたようで、提起された問題を具体的に言い直した。

「…お前は『ガンナー』か?」
「ああ、それなら分かるぜ。 俺は『ライトガンナー』だ」
「…そうか」
「あ? 何か文句でもあるのかよ」

だが、奴は話の先を続けた。

「僕も、自らは『ガンナー』…そう、『ヘヴィガンナー』のつもりで居る」
「それがどうした」
「これは、僕の考えだが」
「ああ」
「『ハンター』なら、罠を使っても良い。 だが、『ガンナー』なら、罠を使うべきじゃない」

これは、確か、テネス村に来る前の、馬車の中でも言ってた。 
その時、俺は単に、JJは、今時の狩人連中と同じで、自分の強さを過信するあまり、罠を毛嫌いしているだけかと思ったのが、改めてこんな事を言うあたり、どうも確固たる理由がありそうだ。
とりあえずは、全容が分かるまでは理解に徹しよう。

「それ、麓でも言ってたよな…。 どういう意味だよ」

JJは、俺の目を見据え、厳かに言う。

「僕は…」
「ああ、何だよ」

「僕は、ヘヴィボウガン使いは、狩人の職種の中でも、『最強』だと思っている」

おいおいおい…!

JJは、狩人の禁忌(タブー)になっている事を、しれっと言いやがった。
聞きに徹するつもりだったが、いきなりツッコんでしまう。

「あのな、最強とかなんとか、そりゃ禁句だろ? 狩人は、皆自分の愛用の武器こそ最強だ、と思ってんだ。 そもそもお前は、どういう理由で、俺最強とか言ってんだよ」
「一方的だからだ」

意味が掴めず、何と思ったが、JJは補足をしてきた。

「遙か古代、狩猟用具は、剣や槍ではなく、弓だった。 投擲武器こそが、最も『狩猟らしい』用具だ」
「ああ、それは分かる」

俺もライトガンナーだし、古代の狩り場や戦場で弓が多用されてた、のは良く聞いている。

「そしてそれを進化させたヘヴィボウガンこそが、間違いなく最強の兵器だ。 それは現代の戦場でも使われていることから、疑いの余地はない事だと言える」

こいつの頭の中では、弓<ライト<ヘヴィなのだろうか?
戦場での制圧に使われているのは、ライトボウガンの方が多いのだが、まぁヘヴィも割と狙撃に使われているので、それは置いておく。
俺は指摘を続けた。

「まぁ、それも良い。 だけど、それがヘヴィの最強性と本当に関係するのか? 戦場での歴史があるから強い、って訳じゃあるまい?」
「剣士は、武器と『防具』が無ければ、剣士として戦えない。 防具なしで挑めば、どんな経験豊かな剣士でも、一撃の元に倒れ伏す」

確かに、一般論としてはそうだ。
ガンナーの防具は殆どあってなきが如し、一流のガンナーは、余所の狩場に言った時、武器だけ作って、防具なしでクエストをこなす事もよくある。 そういう事だろうか。

「そういう事だ」

俺の理解は、今の所、的を外してはいないらしい。
気を良くしたらしいJJが、饒舌に続けた。

「ガンナーにとっては、銃そのものが、武器であり防具なんだ。 それは、敵の攻撃圏外から、一撃を加えられるという理由による。 これは、あまりにも巨大なアドバンテージと言わざるを得ない。 それを理解してさえいれば、恐れる事などなにもない」

「だから、銃を持っているだけで、もう十分だ。 それ以上は必要ない。 『ガンナー』は、ただ銃を持っているだけで、最強なんだよ」

「僕は、そう教えられてきたし、事実そうだと思ってる。 だから、最強である事を証明していきたい。 それが、父への…。 いや、重銃と共に狩り場を駆けた先人への礼儀だと思っている」

これはちょっと理解しがたい。
ガンナーが、JJが言うほど強いかというと、俺はそうでもないと思っている。
確かに、立ち回りそのものは楽だが、剣士は分厚い鎧に守られる事で、不意の一撃を食っても耐える事ができる。
だが、俺たちガンナーはそうじゃない。
相手の攻撃に慣れないと、予想できない攻撃による、死の危険はやはりある。
つまるところ、それは危険の「質」の問題。 一撃を軽くするか、被弾の機会を減らすか…のニ択であって、どっちが優位なんて話ではないのだ。

ガンナーが、比較的立ち回りが楽なのは俺も認めるが、JJが言うところの「ガンナーが最強」という論理は、JJに射撃を教えた人間の薫陶や思想が、大きく影響をしているのだろう。

「だから、お前はボーンシューターを使ってるのか? 強い銃に頼らなくとも倒せると、そう言いたいのか?」
「いや、これはたまたまだ。 …これしかなかったからだ」
「?」

…これしか、なかった?

「だが、その通りではある。 真の銃士の力量は、銃の強弱には依らない…。 だから、モンスターを縛る事などありえない」

ようやっと、話が本題に近寄ってきたのを感じた。

「それは、ガンナーが最強だから、弱いものイジメしちゃいけないよ、って事か?」
「そうだ。 ただでさえ最強の人種が、さらに罠を使ってダメ押しするなど、見苦しいの一言だし、罠を使う事そのものが、銃の最強性を損なう」

罠を混ぜると、銃が強いのか疑わしくなる、って事か。
まぁ…。 ガンナーが最強だと真剣に信じているなら、確かにこういう論理展開もあり、だろう。

「だから、最強を追い求めるなら、罠なんて不要だ。 閃光玉を使って、相手の動きを縛るなど、問題外だ」

問題外、と来たかよ。
少し、俺は意地悪な質問をしてみる。

「罠を使わないのは分かった。 それは『ガンナー』が強すぎるから、だろ? でもそれで、一対一の決闘が成立するのか? 一対一でも、こっちが銃を持ってたら、弱いものイジメにはなるんじゃないのか?」

だが、帰ってきた答えは、俺の全然予想外なものだった。

「なる。 だからこそ、相手の攻撃も、存分に受ける必要がある。 なればこその決闘だ」

この答えによって初めて、俺はJJとの、認識の齟齬を感じ始めた。
何故JJがドドブランゴの攻撃に飛び込んでいったのか、理由が分かる気がした。
だが、そもそも何で相手の攻撃を受けないといけないのかが分からない。
だって、相手の攻撃を受けないためのガンナーだろ。 矛盾してるじゃないか。

「…奴は強かった。 あの異様な気迫に飲み込まれたら、僕とて、たちまち死の淵に引きずり込まれていたろう。 だから、決して負けぬ気迫を、奴に見せつける必要があった」

それも理解できなかったが、それはあの場で戦っていた者だけが感じ取れる事だろう。
あの近接戦闘は例外なケースって事だろうか。 まぁ、これも置いておこう。

「それに…」

JJは、ポツリと話す。

「奴らは、美しい」
「はぁ? ドドブランゴが、か?」
「ああ、だがドドブランゴだけじゃなくて、この野生に生き、狩場でまみえる全ての相手が、さ」

そう言うと、奴は空を見上げた。
薄曇りの曇天には何も見えなかったが、もしも晴れていたら、大空の王・リオレウスの一体くらいは、遠天のどこかに見えたかもしれない。

「奴らと僕らは、同じ価値ある命だ。 実際に戦ってたら、意志疎通すらできるような気がするんだ」
「…意志疎通? しねぇよ」
「それは、お前が爆弾や罠を使って、モンスターと『距離を置いて』戦っているからだ。 顔を突き合わせて戦い抜けば、嫌でも相手の呼吸が伺いしれる」

そして、JJは空を見つめる視線を、俺に戻して言った。

「野生の彼らは、『戦い』こそが生きる宿命。 罠を使って彼らを戦わせずに殺すなど、虐殺と同じだ」

そろそろ、JJの言いたい事が分かってきた。
ガンナーは強いから、罠を使ってダメ押しするな、戦うしか能のないモンスターが可哀想だろ、とそういう事だ。

だが、JJの論理は、モンスターよりも、自分の方が圧倒的に強いという前提があっての理屈。
まるで、BAD=KINGに代表される、プロハン連中のそれ…。 いわゆる「強者の理屈」だろうが。
あまりにも極論すぎる。 突くならここだ。
そろそろ、俺も反論しても良い頃だろう。

「意味分かんねぇ」

「何?」

再び、JJの顔に剣呑な表情が浮くが、構わず続ける。

「言わんとする所は分からんでもないが、巨大モンスターと人間は、そもそも生物としての格が違う。 お前が言うよう『同じ価値ある命』じゃねぇ。 お前は忘れているかもだが、普通の農民とかにとってみたら、モンスターの存在ってのは、災害と同じなんだよ」

「奴らは厄災であり、忌むべき敵だからこそ、狩人が生まれた。 そしてギルドが設立され、武器防具や、罠の研究がされた。 それは、弱い俺たちが、強いモンスターに対抗できるようにするためだ」

「弱い俺たちが格上の相手を狩るには、最初から最後まで牙を使わせずにくびり殺すに限る。 だいたい、相手を戦わせてなおかつ倒すべきだなんて、それは強者の理屈だろうが! 傲慢にも程があるぜ!」

ここで、俺の話を聴いていたJJは、静かに反論した。

「いや、そういう事が言いたい訳じゃない」
「そう言ってるだろ! それによ、ケダモノの命と、俺たち人間様の命を、同じテーブルにのせんな! モンスターの命と、人間の命は、いくらなんでも違うだろうが!」
「同じだよ」
「じゃあJJ、お前の命の価値は、モスと同じか? あの地面を嗅ぎ回っている豚と同じなのか?」

この質問、JJは躊躇するかと思ったが、そんな事はなかった。

「そうだ。 見た目こそ地味だが…。 彼もまた、限られた制限の中で、一生懸命毎日を生きている命である事に、変わりはない」

この返答にまたも面食らったが、確かにJJは、あんな命を捨てる戦い方をしてた。
それも、自らの命の尊さに拘ってないからなのだろうか?
思わぬ反論に、俺は少し言い淀む。

「だけど、命はもっと大事に扱って良いだろ…。 モンスターの前に自分の命を捧げ渡すような、あんな戦い方、俺には、自殺行為にしか思えない」
「僕は自殺行為だとは思っていない。 彼らの生命に敬意を表わしているだけだ」
「…意味分かんねぇ。 俺の中では絶対に違うぜ」

そう言うと、JJは俺に、眼下の風景を見るよう促した。
灰色の世界の下に、延々と繋がる大地。
その眺めは厳粛にして、壮麗だった。
今は雪で隠れているが、眠れる命達は、緑の訪れと共に目を覚ますだろう。

「別に彼らモンスターとしても、僕たちに害をなそうとしてる訳じゃない。 彼らは彼ららしく生きて、そして彼らの事情の中で、僕らと利害がぶつかっただけ…」

「あえて言えば、生まれついた状況が違うだけだ。 でも、僕らと同じ、この惑星に生まれた同じ生命(いのち)だ」

「見ろ、この風景を、この美しさを…。 お前は、命が…。 この世界に生きる命全てが、等しく尊いとは思わないのか?」

…思える。
俺もかつては、そう思っていた時があった。
だが、違う。
それはただのロマンチシズムであって、実際には、生命は「等しく」なんかない。

生まれ持った生命も、運命も、全て「不平等」だ。
俺は、今まで30年近く培ってきた人生訓の中で、そう結論付けていた。

「思えないな」

だから、俺がそう言うと、JJは深くため息をついた。

「…つまり、お前は、命にも貴賤があると、そう言いたいのか」
「そうとも」

詩人ロスターの小説にも、若き美貌の娼婦と、孤独な資産家の老婆…どちらが人間として価値ある存在なのかをテーマにした話があった。 作者の結論は…何だったっけ。

「ある。 例えば、若い女と老婆だったら、どっちが価値があると思う? 若い女に決まってるだろ」
「そうか…」
「僕とお前の命にもか」
「…何だと?」
「僕とお前の魂にも、僅かながら貴賤の差があると、お前はそう言ってるのか」

俺と、JJの命の価値に、差…?

「…じゃあそもそも、お前にとって、命の価値を決めるものとは、何だ?」

答えは出ない。
というか、俺たちが今やってる問答は、戦い方の是非であって、命の価値じゃないはず。
そう思った俺は、話を混ぜっ返す。

「知るかよッ! ってか、俺たちは禅問答やってる訳じゃねーだろが! そもそも、今話し合ってるのは、お互いの戦い方の根拠だろ? それにお互い正当性があると分かれば、それで良いじゃねーか!」
「…僕は、お前の言いたい事がおおよそ理解できた。 だがお前は、まだ僕の言ってる事を理解していないようだが」
「マルクだッ! お前じゃねぇ! それに、俺だってお前の言いたい事は分かってる!」

俺はJJに対し、お前の「言いたい事は理解してる」アピールのために、奴の言った事を、丁寧に要約した。

「お前が言うには、『野生の生物は、生存競争を、戦って生き抜く事に命を掛けている。 そうあるべく生まれた生物だ。 だから、奴らの牙や爪は戦うためにある。 それを震わせることなく奴らを葬り去るのは、単なる陵辱や虐殺に過ぎない。 命は等しくあるべき…。 ただでさえ銃は強い。 だから真剣に奴らと向き合うべきだ。 だのに、罠で拘束して攻撃を仕掛けるとか、そんな一方的な戦いは認められない』とか、そういう事だろうが!」

「そうだ、理解してるじゃないか。 付け足すなら、僕は、宿敵と認めた奴らの命…。 それに対し、僕自身が公平(フェア)でありたいんだ。 戦いは、必ず遺恨を残すから」

公平でありたいとか、意味が分からない。
略奪や陵辱なんて、形を変えているだけで、この世に普遍的に存在するだろ。
こいつは、やっぱりこの世の事が見えていない。

「バカ言うな! なら、何故罠という資材がある? 閃光玉がある? ギルドはそれを認めている?
そもそも、人間の間にも、貴族や平民や貶民みたいに差がある! 運命…、いや、生まれついた命は平等じゃねぇ! まして、狩人とモンスターはなおさらだ! 狩人は、相手を恐れ、その絶対的な格差を埋めるために、俺は…いや、狩人は道具を使うんだ!」

どうだ、反論できるかッ!
俺の方が、間違いなく一般的な意見だ。
お前とは、過ごしてきたハンターとしての時間が違うんだよ!

「…まるで、俺の方が常識的な意見だと言いたげな口振りだな」
「ああ、そう思ってるぜ! 少なくとも、お前のよりな!」

JJは、まるで哀れむような視線で、俺を見た。

「確認したい。 お前は、相手の力を殺いで戦う事に、本当に罪悪感を感じないのか? この気持ちは、誰にでもあるはずだが」
「だから、そうは思えないって言ってるだろ? 俺にはそう感じられねぇんだからよ。 お前の価値観を、俺に押しつけんな」
「じゃあ、自分の力が届かないと分かった時には、努力で差を埋めるでなく、何か別の…例えば道具や、他人の力を借りるんだな、お前は」

…え?

「分かってもらえると思ったんだが…。 お前とは、全く意見が合わんようだな…。 おい、お前」
「お前じゃねぇ! マルクだ! マルク=ランディッツだ」
「これが何か分かるか?」

そう言って、JJは腰に捲いていた別のポーチから、何か小さい瓶を取り出した。

…黒胡椒の瓶じゃねぇか。 あの、調理肉作った時に使った奴。

「いや、違う」

はぁ? 黒胡椒じゃなかったら、何だってんだよ。

「これはな」
「ああ」


「閃光玉だ」

そういうと、奴は、俺の目に胡椒を振りかけやがった。

「ぐあっ…!」

胡椒はモロ両目に入り、刺すような痛みと熱が襲ってくる。 
涙も滂沱の如く溢れるが、痛くて目が開けられない。

「い、一体、何しやがる!」

そう叫んだ俺に、予想外の返事が帰ってきた。
何か堅い物が、俺の顔面に炸裂したのだ。

俺はあえなく体勢を崩し、雪の上に寝転がって初めて、『殴られた』のだと分かった。
さらに腹部に走る鈍痛。

「ぐむっ…!?」

今度は、腹に蹴りを入れられた。
視界を失っているせいで、全く身構えてなかった腹に深々と食い込むつま先に、内臓が刺激されて、嘔吐感がこみ上げてくる。

…痛い。 痛え。

「再度、確認する。 お前は、相手の力を殺いで戦う事に、罪悪感も何も感じないと、そう言ったな」

JJの声が、俺の真上から降ってくると同時に、今度は足を蹴られた。 JJのつま先が容赦なく、俺の緩んだ肉に食い込んで、激痛が走る。

「な、何しやがる、てめぇっ!」
「お前がさっき、あのドドブランゴにした事だよ」

その後も、JJは俺を蹴り続けた。
真っ暗の視界の中、どこから来るのか分からない一撃。
俺は身を守ったが、当然のように、奴は俺が身を守ってない部分を蹴ってきた。
全力ではない様だったが、無防備な部分に攻撃を受けるのは、恐ろしく痛かった。

「僕の説明が悪かったのか、本当に残念だが…」

蹴りが後頭部に飛んできた。 一瞬、意識が飛びかける。

「お前には僕の言葉が通じなかった。 でも、僕の言っている事は正しい。 だから、その体で理解してもらう」

蹴りが腕に飛んできた。 
シビレて、動かすのもままならなくなる。

「お前はこうやって、奴の視界を奪って拘束したな。 いつも、そうなのか?」
「て、てめぇ、ぶっ殺す…。 ぶっ殺してやるぞ、このクソガキ!」

だが、その言葉を吐いた瞬間に、俺は顎を思い切り蹴られた。
頭を貫く衝撃とともに、口の中がズタズタに裂け、前歯が欠けた。

「改めて言う。 野生に生まれるという事は、等しく生存競争の中で、戦う宿命を持っているという事だ。 その最期が、ロクに牙も爪も振るえず、ただ殺されていくだけと知った時、どれほど奴らが無念に思うのか、お前に分かるのか!?」

JJは俺を蹴り続けながら、そう言った。
気のせいか、徐々に、蹴り足に力がこもってきた気がする。 明らかにダメージが大きくなっている。

「て…てめぇ、てめぇ、絶対ぶっ殺してやる…」
「さっきのドドブランゴも、お前に対してそう思ってただろうよ」

視界が回復するまでの我慢と、俺は必死に体を丸めて防御しようとしたが、JJの奴は、俺がガードしていない所を蹴りこんでくる。
こんなに耐えているのに、予想だにしていない所からくる攻撃は、予想以上に効いた。

「そして、お前は無防備に寝ていた親子も、戦わせる事なく、大タル爆弾で爆破したな」

頭を抱え、体を丸めた俺の股間に、軽い一撃が来た。
マズい、急所をやられる…!と、とっさに思った俺は、思わず体を延ばしてしまい、腹に思い切り蹴り込まれる。
横隔膜が痙攣し、食った肉が逆流してきて、俺は激しくえずいて嘔吐し、しかも目が見えてない俺は、自分の吐いた物に顔から突っ込んだ。

「どうだ? 自分がした事の意味を、理解できたか?」
「ぐっ…。 ぐぅ…。」

…卑怯だ。卑怯だぞ。

「僕の事を、卑怯だと思ったか?」

…!?

「卑怯だと思っただろう? でも」
「お前の感じている屈辱も、怒りも、その無念も…。」
「全部、お前が彼にやった事だ!」

俺は右手を思い切り踏みつけられた。
ずっと今まで、銃を握ってきたその右手を。

「…もし、命に価値があるならば」
「それは多分、誇りと共に生きたかどうかだ」
「自らの矜持に殉ずるほどに、魂は気高く輝く」

そして、JJは、俺に怒鳴りつけるように、言った。

「この、大自然の中を生き抜いてきた、彼の魂を…」
「彼らの孤高の獣性を、汚れなき野生の魂を、お前の勝手な都合で、汚すんじゃあないッ!」

ギリギリと踏まれる、俺の右手。

「なるほど、お前は『狩人(ハンター)』かもしれないな。 だが、誇り高き『ガンナー』じゃない。 誰が認めても、僕は認めない!」

俺が…。
俺が、ガンナーじゃない、だと…?
ふざけんな。
ふざけんじゃねぇ。
ブチ殺す。 絶対に殺してやる…!


俺は、JJの足下から必死に這い出ると、言った。 言ってやった。 
「殺してやる」と、そう言おうとした。

「か、勘弁してくれ…! お、俺が、悪かった! 間違ってたよ!」

だが、俺の口は、俺の意志を裏切った。

「悪かった…! だから、もう、蹴るのは止めてくれ…!」

俺はそんな自分に愕然としつつ、だが口だけが別物のように、スラスラと謝罪の言葉を吐いていく。

「本当に、分かったのか」

だがJJは、俺の事を全く信用していない口ぶりだった。

「ほ、本当だよ! 分かった! 今、こうして、自分で実感してみて、分かったよ!」

「そうか」

実際、JJは、俺の言葉を欠片も信用していなかったろう。
俺の口から飛び出る言葉は、恐ろしく軽薄だったから。

「僕はもう、去る。 この村では、何も収穫がなかったし、僕がするべき事は全て終えた。 報奨金はお前が貰うと良い」

「ま、待てよ…」

…何だ? 何故俺は、奴を呼び止めようとしている?

だが、JJが俺を待つ事はなかった。
ざくざくと雪を踏み分ける音は、徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなり、ようよう視力が戻った頃には、この雪山に居るのは、やはり俺一人だけだった。


「何だってんだ…畜生…」

既に、黒胡椒は全部、眼から洗い流されている。
だがそれでも、涙がどうどうと溢れ出た。

「狩人は…。 狩人は、弱いから、道具に頼るんじゃねぇのかよ! モンスターはな、強いんだぞ…! だから、俺は…!!」

だが、一度否定されたその言い訳を、何度心の内で繰り返した所で、込み上がってきた留飲は下がることはない。

そう。
JJに殴られて、思い出した。

何もできずに殺されるのは、嫌だと。
抵抗できない暴力なんて、この人生で数限りなく体験してきた。

だからこそ、俺は人並みの幸福を求めてきたのではあるまいか。
不平等だからと知っているからこそ、平等を求めていたのではなかったか?

「うっ…。 うぐっ…」

俺はただむせび泣きながら、何時までも雪の上を転がっていた。
そして、論破された持論を、いつまでも口にしていた。

「狩りに…。 狩りに罠を使って、何が悪いんだよ…」

俺が弱いからか。

俺が弱いから、悪いのか。

だが、その声に答える者は、誰もいない。
応じるのは雪山の峡谷を通る、ヒョオオオオという風の音。

吹雪の風はどこまでも冷たく、伽藍に鳴る鐘のように、雪山にうずくまる俺を押し包み続けた。

<#1 了>
スポンサーサイト



*Comment

NoTitle 

Prologeが終わってから約一年…#1完お疲れ様です。
「早く続きが読みたいなー」と毎回思わせる話で丼さんの更新が待ちきれない!!
でも今回も「え?#1ここで終わり?」ってな感じの終わり方なので#2が早く始まらないかと既に期待大ですw

ガンナーと剣士、ソロとPT、縛りと罠の選択というのはゲーム中でも多くの人が考えることでしょうし、JJのような美学をもってゲームをプレイする人もいるでしょう。
私はどっちかというとJJよりもマルク寄りの人間ですがw
いずれにせよ丼さんの小説は、ゲームの世界観が損なわれずに、直接考えさせられる・感じられるところが多くて好きです。

何より気になってるのはビアンカが何奴かというところなんですが!!気になって夜も眠れない!!
  • posted by 白鳳 
  • URL 
  • 2012.03/18 16:27分 
  • [Edit]

NoTitle 

丼$魔さんこんばんは!
う~ん、面白い!!
楽しませていただきました。ありがとうございます。
勉強になります(創作的な意味で)

狩りの美学に対する考察がとても面白いです!
私は罠とか強スキルとか平気で使うんですが、一方でそういのが無くても狩れる素のスキルというか地力みたいなのも持ってないとムズムズするので練習したりしてます。

今後の展開も楽しみにしております。
  • posted by PECO 
  • URL 
  • 2012.03/19 04:52分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

> Prologeが終わってから約一年…#1完お疲れ様です。
> 「早く続きが読みたいなー」と毎回思わせる話で丼さんの更新が待ちきれない!!
> でも今回も「え?#1ここで終わり?」ってな感じの終わり方なので#2が早く始まらないかと既に期待大ですw
>
> ガンナーと剣士、ソロとPT、縛りと罠の選択というのはゲーム中でも多くの人が考えることでしょうし、JJのような美学をもってゲームをプレイする人もいるでしょう。
> 私はどっちかというとJJよりもマルク寄りの人間ですがw
> いずれにせよ丼さんの小説は、ゲームの世界観が損なわれずに、直接考えさせられる・感じられるところが多くて好きです。
>
> 何より気になってるのはビアンカが何奴かというところなんですが!!気になって夜も眠れない!!

白鳳さんありがとうございます!
そこまで待って頂いて感無量でございます! 
♯2は殆ど何も考えてない部分が多いので、ストーリーラインを作りながら作業している所でございます!(マテ

ちなみに、ビアンカの存在含めて、「笹神龍心」が受け入れられるかなーという部分が結構不安なのですが。
この二人は、ちょっとモンハンの世界観を少し飛び越えた存在ですので…。

でもまぁ、楽しみにお待ち下さいませ!
  • posted by 丼$魔 
  • URL 
  • 2012.04/19 22:12分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

> 丼$魔さんこんばんは!
> う~ん、面白い!!
> 楽しませていただきました。ありがとうございます。
> 勉強になります(創作的な意味で)
>
> 狩りの美学に対する考察がとても面白いです!
> 私は罠とか強スキルとか平気で使うんですが、一方でそういのが無くても狩れる素のスキルというか地力みたいなのも持ってないとムズムズするので練習したりしてます。
>
> 今後の展開も楽しみにしております。

実は♯1の最終話は、ちと時間がかかりました(苦笑)
論争をどうやって軟着陸させるか、に何度か手を入れましたもので…。
AB展開についても、マルクが予想に反して泣きを入れたりするシーンで使用したりしています。

狩りの美学に関しましては…まぁ、今後の展開を読んで頂ければ分かると思うのですが、
JJに「ヘヴィボウガンが最強だ」と言わせた時に、何かあるかなーと思ったのですが、
特に何もなくて拍子抜けしましたw

地の力について、マルクがどう思っているか…は、今後の展開にご期待下さいw

  • posted by 丼$魔 
  • URL 
  • 2012.04/19 22:17分 
  • [Edit]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

丼$魔

Author:丼$魔
モンスターハンターをこよなく愛する熱・血・猿。

しかしどういう経緯を辿ったか、最近はオリジナル小説を更新中。

最近の記事

月別アーカイブ

FC2カウンター

右サイドメニュー

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム