女神の機械槍

モンスターハンター関係の二次創作(イラスト・小説)ブログでしたが、最近はオリジナル小説に傾倒中です。

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ある男の生涯

今日はウチの爺様の事を書いてみたいと思います。


大正は末年、3月の生まれ。

子供の時はかなり頭が良くて主席クラス(実際に成績表見た)、ただし背は低い方。 日本軍人なのに英語できた。
中学生の時に佐世保に丁稚奉公に出るけど、奉公先が余りに厳しかったのか、諸々の理由により出戻り。
成人するころ徴兵され、太平洋戦争では台湾に従軍、高射砲の測量士(目測と計算)で敵航空機を落とす係。

戦後、婿養子として俺の実家に入り婿。 当時は戦死とかで家系もいろいろあるんです。
異様に厳しい家訓と、そしておそらくは過酷は労働環境の中、長男と二男ともうける。(※長男が俺の親父)

それからはずっと農業に精を出す日々で、娯楽と言えば時代劇の読本と、水戸黄門と相撲と釣りくらい。
84歳くらいまでは日がな一日元気に働いてたのかな。

正直、俺、あまり爺様…祖父との思い出がそんなにないんです。
いくら思い返そうとしても、正直、働かされてた思い出しか思い浮かんで来ないんですw


俺が幼児の頃は、トラクターに乗せられたまま寝てたり、コンテナに毛布敷いてその中に寝かされてたり、ゴザの上に放置されていたりしたみたいです。 今じゃ考えられないけど、まぁ昭和世代の乳幼児ってそんな扱いになるよな。
ちなみに俺はゴザの上から外に出る事は絶対に無かったらしいので楽だったそうです。 まぁね。

俺が二歳の頃、祖父と祖母とで神社に言って、その際に食事をしようとして、ミルクを俺の目の前に置きっぱにしたまま自分達だけご飯を食べ始めたら、普段大人しい子だった俺が、火がついたように泣き始めたという話がありました。
まぁ自分の事だから分かる。 早く食わせろって言いたかったんだろうなぁ。

当時の俺は祖父・祖母と寝ていた(亡くなった母がメンタル気味にアレだった)のですが、とにかく俺はスイッチとか電灯の明かりを切る事に拘っていた子供だったようです。 まぁそれは俺の長男も同じなので、子供特有のものだとは思うのですが。

小学生の頃は、もうそれくらいかなぁ…。
当時はまだ自然がおもくそ豊かだったので、桑の葉? みたいな葉についた虫を砂糖醤油で甘辛く煮付けて食べさせられた思い出はある。

あと、爺様は婿養子だったので、爺様の生家に遊びに行った事くらいか。

でも、知人の家で二階に上げさせて貰って漫画読んだら、ビンタ喰らって叱られました。
人の家に何を勝手に上がり込んでる、って言われて。

後は大体、一緒に働かされてた思い出ばっかりかな。

海にミナ(小さい巻貝の一種)とかサザエ、アワビ、ウニを取りに行って、食卓のおかずにしてた事。
でも、ウニって割って取るのすげー面倒なんだ。 刃の零れた包丁で押し割って、ゴムスプーンで中身を崩さないように救って、殻の中のクソ(ウニは体内に糞を貯めてるのです)と身(あの黄色いの)を洗い分けて干すの。
だからウニは大嫌いだったな。 
正直、「うに丼うめー」とか言ってるテレビタレント見てると失笑もの。

アワビも嫌いだった。 味ねぇし、刺身にしても超堅い。 バター焼きしたらまぁ美味いんだけど。
ぐにゅぐにゅ動くアレを塩刷り込んで動かなくしてぬめりを取って、しゃもじと包丁で貝柱に当たる部分を切って、殻から身を剥がすんだけど、アワビって殻が鋭いから、簡単に手が切れるの。 毎回気を付けてたんだけど、それでも一度、とんでもないレベルで手が切れて、それからアワビも嫌いになった。
大人になってから、女性の(ry

小学生の時、畑を開墾するぞって事になって、一日中石礫除去してた思い出がある。
コンテナにずっと石を拾って入れて石を拾って入れて、を一日繰り返していたのはトラウマになった。

春、田んぼの用水路の泥が溜まったのを全部泥さらいして、あぜシートのために鍬で掘って敷いて埋めて、くっそ重い苗箱を何度も何度も抱えて、肥料巻いて種巻いて土掛けて水やって、夏は水神さまのために小さい池の水を全部バケツで掬いだしたり、畑の水やりのためにポンプと発動機を持っていった事もある。
代掻き、苗植え、農薬散布、肥料巻き、朝の様子見、ポンプの様子見、爆音機の設置、稲刈り、精米屋さんへの搬送も一緒にやってた。 でも書くと長いので端折る。

ちなみに牛舎の餌やりと糞片付けは俺の仕事。
あまり大きな声では言えないのだが、牛糞片づけ歴が長かったので、牛糞や鶏糞が顔に掛かってもなんともない。
多分人間のでも耐えられる。多分。 顔の前で出されたらちょっと自信ないが。

あと道の拡張のために、クソ重い石を積んで石垣作ってセメント流したりとか、木をチェンソーで切って道の端っこを鍬で切りだしたりとか、詰まった暗渠の工事をしたりとか、野暮暗になってる裏山を全部切って柿の木植えたりとか、山で木を切ったりとか…やべぇ、本当に一緒に働いている思い出しかねぇw

大体「ちょっと手伝え」→「3時間手伝え」 「半日手伝え」→「まる一日手伝え」だったもんな…。
まともに「ちょっと手伝い」で終わった試しがなかった。

夜中に起こされて、明日学校だっつーのに、牛の出産に付きあわされた事もありました。
牛には珍しい逆子だったから、がその理由なんですけど、脚にチェーン付けて、せーので引っ張った事もありましたよ。
そしてほっかほっかの(冬だと湯気立ってる)、血にまみれた子牛が胎内からずるりと出てくるのな。
出産の余りの激痛に、親牛が真横に倒れたりするんだぜ。 あのドーンという倒れっぷりに挟まれたら人間は死ぬ。死ななくても確実に骨折する。
そんで、出産したばかりの子牛、逆子の子はギリギリまで羊水飲んでるから、それを口で吸い出して呼吸させてた。
それを見た時、俺は絶対に牛は飼えないと思った。 牛とキッスはさすがの俺でも無理。
まぁ、脱走した牛を捕まえたり、朝から牛を売り飛ばすために農協の運搬車にドナドナさせる事もよくやってましたよ。 クソ寒い中で何故か俺がせり市の牛の金額書き込むとかもやってたなー。

いや、本当に爺様とは、あれしろこれしろ言われて、働いていた思い出しかないなぁ…。
そんでもってよく喧嘩してたな。 早く嫁取れとか、漫画読むの止めろとかよく言われてた。

その爺様が、今、危篤の床に居ます。

多分、ここ数日は大丈夫だと思うのですが、4年ほど前に、数十年ひかなかった風邪を引いたあと、やる気をなくして家から出なくなり、一気に認知症が進みました。 家族の顔はギリギリ覚えているのですが、自分が何していたかはさっぱり忘れている始末。 でも他人に迷惑を掛けるほどではなかった。
だけど、認知症があったせいで、癌の発見が遅れ、そのため今、病床に居る所です。
しかし、爺様の兄弟は殆どが先に走っており、年齢も年齢であり、家族ももう皆覚悟している所。


ただ、孫の俺から言わせてもらっても、祖父はよく働いた男でした。
若い日に、分家との相続問題で、500万円の借金があったんですけど(今の価格にして1000万前後か)、朝から晩まで働きまくって、きっちり返しきったんです。
まぁその事情を知らずに、朝から晩まで付きあわされた俺らも相当閉口しましたが、働く事こそが生きる意味である、という祖父の哲学には俺も共感するところです。

正直、自分で食糧や物を作っておりますと、人間個人の生産能力には凄く限界がある、って事が分かる。
フルに一日働いても、自分が一日で食える量すらをも作り出せるかどうか疑わしい所。
ここが日本だから良いものの、もしここがアフリカだったり、戦後だったり、中国の奥地の農村だったら、ネットやゲームなんぞ、絶対にしてられない。

俺が子供の頃のような貧しい生活が、本当に人間の「身の丈に合った」生活だと、今でも思うんです。
これこそが生きる事のリアル。

社会保障がどうだ、人権がどうだ、という話もありますが、それは人間の理屈。
弱肉強食、自然淘汰は生物の理屈。 働けない者は死ぬしかない。 狩れない動物は飢えるしかない。
今の日本だから、人間だから、たまたま生きていられるだけ、なのです。

「お金は、入ってくる時にこそ貯めておけ。 お金は嫌が応でも、出て行く時は出て行く」
「お金を貸してほしいという友人は友人ではない。 友人でない人間とは縁を切れ。 どうしても貸すなら帰ってこないつもりで貸せ」

ウチの爺様は、お金に厳しかったですが、それだけに、家族を守っていく事に真摯な男でした。
そして、よく働く男でした。 84歳まで毎日働いていた。
正直、とても真似できそうにない…でも人間とは、というか親と言うものは、そうあるべきなのだと思うのです。 

祖父との思い出、そして生きた足跡を形に残そうと、そして自分への戒めとすべく、こんな記事を書いてみました。
お目汚しでしたが、読んで頂き、何か感じる所がありましたら幸いです。
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*Comment

 

いつも小説読ませてもらってます。




お金か・・・私は今中学生なんですが、お小遣がなくてお年玉でやりくりしなきゃいけないので、使い道には気をつけてます。


残り七万円、多分来年にもっていけるのは六万円くらい。でも来年からはバイトしますw

ていうか、お金貸したら戻ってこないってのは本当ですね。
私も友人に貸して、貸して、五千円くらいになって、
返してっていったらあっちの親に怒られました。

あはは、結局戻ってきてないし。


もう一人に貸した2430円もそうですし。
ネットマネーに変える5000円があるんだったら返してよwって感じです。


とても素敵な御祖父様だと思います。
とても辛いとは思いますが、せめて痛みなく逝ってくれますよう願っています。
  • posted by 秋 
  • URL 
  • 2011.11/03 11:06分 
  • [Edit]

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丼$魔

Author:丼$魔
モンスターハンターをこよなく愛する熱・血・猿。

しかしどういう経緯を辿ったか、最近はオリジナル小説を更新中。

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